文学をこよなく愛する人へ


by bunntami

June.2005 Vol.1 連載小説 『空がたかくて青いから』

「あのさ、聞いてくれよ、」大学の裏庭のすみに ある原っぱでいつものように本を読んでいると、息を弾ませたガクが話し掛けて来た。このトーンはあの話をする時だ。小さな空き地のまん中に大 きな楠木が生えていて、その周りに雑草が生い茂っている。よく見ると、端にいくつかレンガで囲まれた元花壇らしきものがあるけど、もう ずいぶん昔から放置されているような感じだ。大学に入学してからずっと、ここが ガクとあたしのお気に入りの場所だった。休講になった時や授業の空き時間、特に待ち合わせをしていなくてもここに集まるようになってる。ときどきお互いの友達が来ることもあるけど、ガクとふたりでいることが多い。ああ、ふたりじゃないや、もうひとりいたっけ。 いつも寝ている男の人 がいて、言葉を交わしたことはないけど、一度寝返りしまくってあたしの隣で寝ていたことがあった。ガクとあたしの定位置は楠木の木陰で、彼はいつもそこから数メートル離れた、朽ちかけた木の固まりを背もたれにしていた。それは元はベンチだったんだろうと思える 形をしている。「何」 あたしはガクを見上げた。葉っぱの間から初夏の日射しに 目を射抜かれて、まぶたの奥が鈍く痛む。「で?」「ええ?ノノんだよ、キリ機嫌悪いなノノ」「べつに。で?なんか話あったんじゃないの?また誰かに告白された?」「ノノお、さすが。なんでわかんの?」 やっぱり。「そのにやけた 顔みたらすぐ分かるって」思ったよりも高い声が出てしまった。けど、そんなことにガクは気付きもしない。「そう?で、どう思う?」「どう思う? ってあたしその子知らないし。自分でどう思うの?」「さあ。わかんね。でもさ、すっごいかわいいんだ」ガクはすでに弛んでいた顔をもっと崩して笑う。ガクはもてる。本人には自覚がないみたいだけど。家が近くて小学生の頃仲良くなって、なんだかそのまま偶然が重なって大学まで一緒 になった。 なんていうのは嘘。偶然なんかじゃない。特にやりたい事も目標もなかったあたし は、ガクが受けるって理由だけでここを選んだノノそういえばそうだっけ。あたしはいつからか、完全に勘違いしていた。友達の片思いも決死の告白も。あたしにはとっても遠い存在だった。だってあたしに はガクがいたから。みんなも言った。いいよね、キリにはガクがいるから。高校2年生の時、初めてそれが間違いだったと気付かされた。『俺、彼女ができたんだ。だから、明日からキリ1人で帰って』ガクはある日、とってもあっさりそう言った。もちろん軽くひやかしてから了解した。だってそうするしかなかった。
text by庵うるふ
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by bunntami | 2005-06-24 17:11 | 創刊第2号/2005年6月発刊